イノベーションと聞くとクレイトン・クリステンセン米ハーバード大学教授の「イノベーションのジレンマ」が頭に浮かびますが、世界の経営学の先端でもっとも研究されているイノベーション理論は、実は「両利きの経営」と言われています。
「両利きの経営」はオライリー,チャールズ・A.及びタッシュマン,マイケル・L.が2019年に出版した以下の書籍にて一躍有名になりました。尚、本書では、話題の経営学者「入山章栄」氏、産業再生機構設立で有名になった「冨山和彦」氏が解説を加えています。
両利きの経営については、解説者である入山章栄氏が、2019年7月4日の日経ビジネスで次のように解説されています。
両利きの基本コンセプトは「 まるで右手と左手が上手に使える人のように、『知の探索』と『知の深化』について高い次元でバランスを取る経営」を指します。
イノベーションの源泉の1つは「知と知の組み合せ」です。たとえば、自社の既存のビジネスモデルという「知」に、他社が別事業で使っていた手法などの「別の知」を組み合わせることで、新しいビジネスモデルや商品・サービスを生み出していくことです。そのためには色々な知の組み合せを試せた方がいいですから、企業は常に「知の範囲」を広げることが望まれます。これを世界の経営学では「Exploration(知の探索)」と呼んでいます。
そして、そのような活動を通じて生み出された知からは、当然ながら収益を生み出すことが求められます。そのために企業が一定分野の知を継続して深めることを「Exploitation(知の深化)」と呼びます。
いかがでしょうか。みなさんの会社でも「イノベーション」、「新規事業の創出」などと声高らかに叫ばれているかと思いますが、端的には次のように言えるのではないかと思います。
- 知の深化:日銭を稼ぐ成熟した事業。会社を安定的に運営するための収入源
- 知の探索:新たな飯の種となる新商品開発。事業拡大や環境変化に追従する成長源
ところが現実には、企業は目先の収益をあげるに精一杯。仮に精一杯ではないにしても、今業績のあがっている分野に人・モノ・金という経営資源を集中させ、兎に角「日銭」を稼ぐことに邁進してしまいます。すなわち、知を「深化」させる方がはるかに経営効率がよいのです。
他方で新たな飯の種を探す「知の探索」は、手間やコストがかかるわりに収益には結びつくかどうかが不確実であることが多いものです。また、日銭を稼ぐ部門からは、「俺達の稼いだ金を無駄に使って、一向に成果が出ない」と白い目で見られがちです。
したがって、企業には「知の探索」を怠りがちになる傾向が組織の本質として備わってしまいます。このようにして、企業の「知の範囲」はどんどん狭まってしまい、この結果として企業の中長期的なイノベーションが停滞してしまいます。
このような状態を経営学では「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。「知の深化」や「知の探索」という馴染みの薄い言葉で表現すると少し小難しい感じがしますが、要は「既存事業」と「新規事業」とイメージすると、上記のような状態は皆さんの会社でも起こっていることなのではないでしょうか。
既存事業部門と新規事業部門の対立、人・モノ・金といった経営資源の分配問題、各々の部門の社員の業績評価や給料格差、などなど、イノベーションを目指して「知の探索」を始めた瞬間から経営者はこれらの問題に直面し、結果的に「イノベーション」は掛け声だけに終わってしまうのです。
このような経営課題に向き合い、企業の「安定と成長」の二兎を追を追おうとするが、経営学の中の一つの理論「両利きの経営」なのです。両利きの経営については、最近入山章栄氏が出版した「世界標準の経営理論」において、わかりやすく解説されています。